みなさんはストレスは悪いものだと思っていますか?私もつい最近までは「ストレスは悪いもの」と思いこんでしまい、ストレスを受けないよう無難な行動をしたり、注意された後はそれに気をとられてしまい更にミスを誘発してしまう、なんて事が日常茶飯時でした。

しかし、「ストレスは悪いもの」なんて説は外国ではとっくの昔に覆されていたのです。今回はその事を解説した著書「スタンフォードのストレスを力に変える教科書」の感想を書いていきます。 
この本の著者である「ケニー・マクゴニガル」さんは、このブログでも度々出てくる「スーパーベターになろう」の著者である「ジェイン・マクゴニガル」さんのお姉さんで、この本とスーパーベターになろうではいくつか似ている概念が登場します。

そのため、スーパーベターになろうを合わせて読む事で、より深く理解できるでしょう。

まずは「ストレス」という概念が生まれた歴史を解説しようと思います。


ストレスの歴史


「ストレスの科学」が始まったのは1936年、ハンガリーの内分泌学者「ハンス・セリエ」が、ホルモンがラットに与える影響を確かめるために、牛のホルモンを実験用ラットに注射しました。結果としてラットは病気になってしまいました。

本当に牛のホルモンのせいで病気になったのか?それを確かめるために、何匹かのラットに食塩水を注射し、別のラットたちには牛から採取したホルモンを注射しました。

すると、注射したラットすべてが同じ症状を起こしたのです。さらに牛の内蔵から抽出したものでも試してみましたが、やはり病気になりました。ラットは何を注射しても必ず病気になってしまうのです。


このことから、セリエは「注射の中身ではなく注射そのものが病気になる原因だったのでは?」とひらめきました。

そこでラットに色々な苦痛を経験させる実験(暑さや寒さで苦しめる、休み無しで運動させる、騒音で驚かせる、毒を投与する、脊髄を部分的に切り取る・・・)をしたところ、いずれも同じ症状が起こる事が分かりました。


こうして、ストレスが科学的に実証される事になりました。 しかし、セリエが「ストレスは有害」と普及していた事により、現代人にとってストレスは恐怖の対象となってしまったのです。

考えてみてください、ラットが受けた拷問のような実験で受けるストレスと、私達が日常でうけるストレス、はたして同じ物と言えるのでしょうか?

この事は、セリエものちに否定するようになりました。ストレスを感じる出来事が全て体の異常をもたらすわけではない事を認めたのです。1970年代のインタビューでも、こんな発言をしています。

「ストレスはつねに存在しています。ですからストレスが自分の役に立つように、そして周りの人達の役に立つように、上手く利用する事が大事です。」

しかし、セリエがストレスのイメージの改善をしようとしても、すでに手遅れでした。ストレスの恐怖は、医学会のみならず一般人まで知れ渡るようになり、その認識を覆す事が出来なくなっていたのです。

なぜストレスが悪いものだと報じられ続けるのか? 


このように、40年前には発見者ですら「ストレスは悪いもの」を否定したのですが、未だにストレスは悪者だという認識が続いています。なぜそのような現象が起こっているのでしょうか。

その答えは「ストレスを解消させる商売が成り立っている」せいだと私は考えます。

例えば仕事などでストレスが貯まったとき、ついソシャゲのガチャを回してしまう、なんてことはありませんか?

その他にも飲み会や、服の衝動買いなど。ストレス解消のためにはお金を使う必要があり、それで儲かってる人が沢山います。もはや現代社会にとってストレス解消が経済を回していると言っても過言ではありません。

しかし、前述したようにストレスにも、「命の危険を感じた時に生じるストレス」や「日常のちょっとした失敗でも生じるストレス」など様々なストレスがあります。これら全てを解消するためにお金を使ったりお酒を飲んだりしていてはとても身が持ちません。

ではそれらのストレスの対処法はどうやって知ればいいのでしょうか?報道機関やテレビでは何も教えてくれません。ストレスと向き合い、より良い生活にするためには自分から情報を探す必要があるのです。


まとめ 


日本という国は、生きていくだけなら様々な保証があります。しかし、生きるうえで精神を健全に保つ方法は誰も教えてくれません。そのせいで鬱などの精神病や、自殺者の増加などは歯止めが効きません。

このブログでは、そういった「心の問題」を解決する手がかりとなる本を紹介する事で、みなさんがより良い人生を送れるような手助けをしていこうと思います。

次回は、「良いストレスと悪いストレス」の違いとは何か?どうやって対処すればいいか?などを解説していきます。 また、「良いストレスと悪いストレス」は「挑戦の精神と恐れの精神」にも類似している箇所があるので、できればそちらもご一読してもらえると幸いです。

それではまた。