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多くのソシャゲには「スタミナ」という概念があります。ステージをプレイする毎に消化され、スタミナが無くなるとそれ以上ステージに挑む事ができなくなります。

再びステージに挑むには時間で自然回復されるのを待つか、課金で買えるアイテム(石)を使う必要があります。課金に抵抗が無ければ石を使って空いてる時間に好きなだけプレイする事ができますが、課金しないと決めたプレイヤー(無課金)は石を自由に使う事はできません。

この仕組みによって無課金はソシャゲを一定時間ごとに起動させる必要が出てきます。しかし、好きな時にプレイできず時間を縛られるソシャゲはゲームと呼べるのでしょうか?

現実の時間を犠牲にしてまで課金しない遊び方を選んでしまうのはなぜでしょうか?私はこれを「完璧主義」が原因で起こってしまうものだと推測します。

完璧主義とスタミナ

 
日本人の多くが完璧主義的な考え方を持っています、かくいう私もその1人で、暇な時間はスタミナ消化をするためによくパソコンに張り付いてしまいます。

ではなぜ完璧主義者はスタミナ消化に固執してしまうのでしょうか?その答えは「失敗してはいけない」という独特の考え方によるものです。

まず、スタミナを溢れさせないようにプレイするというのは現実の時間に多くの影響を及ぼします。一般的なソシャゲでは朝、昼、寝る前の3回プレイすれば溢れる事は無いのですが、実際にやってみると結構な負担がかかります。

一度スタミナを溢れさせてしまうと「失敗した」と感じてしまいます。少しの間スタミナを溢れさせてもイベントには支障が無いのが殆どですが、ここで完璧主義者の「些細な失敗を恐れる」という悪い癖が出てしまいます。

実際にこの失敗を金銭で表すといかに些細かが分かります。ほとんどのソシャゲが1個60~70円で石を販売してます。

1日で石2~3個分のスタミナが回復されるので、1日中スタミナを気にしてすごす時間が大体200円前後の価値しかありません。社会人どころか学生でもバイトをすれば気にならない額です。

課金してもいいと考える

 
課金しないプレイを否定している訳ではありません。無課金で努力と工夫を重ねて重課金に勝てた時に得られる達成感は計り知れないものです。

しかし、些細な金銭の喪失を恐れて貴重な時間を浪費するより、課金するべきとこは課金して好きな時に遊ぶ、というのがゲームの正しい遊び方ではないでしょうか。


まとめ


かくいう私も、この間紹介した「フラワーナイトガール」で時間を浪費してしまいました。時間が余っている時はついついソシャゲを触ってしまうものです。

世間では悪のゲームのような扱われ方をされているソシャゲですが、私はプレイしている人が「挑戦する精神」を持っていれば普通のゲームと変わらないと私は思います。

きちんとプレイする時間を定め、効率よくステージに挑み、努力と工夫を重ねて自分を鍛えていく・・・。

しかし、プレイする時間を特に定めず、現実に影響の出るほど長い時間ゲームに張り付くのは、挑戦の精神ではなく完璧主義者が持つ「恐れの精神」であると私は考えます。

例えば、本をひたすら読むだけで行動できなかったり、ひたすら練習するだけで創作物を発表できなかったり・・・。失敗を恐れてしまい、時間だけかけて実行に移せないのは「スタミナが溢れるのを恐れて現実に支障が出てしまう」事と似ている気がします。

私自身この記事を戒めとし、より正しい「挑戦の精神」をもってゲームをプレイしようと思います。それではまた。