暇を持て余した奴の思考置き場

独自のゲーム論を語ったり本の感想を置いておくブログです。

会社を辞めてはや9ヶ月。貯金で悠々自適とした生活を送っていた私だけども、清貧な暮らしなど長くは持たないのは人間というもの。次々と浮かび上がる欲望を追いかけてる内に、どんどん貯金額が減っていき、無職でいられる期間が短くなっていく。

これではイカン!と自分自身にはっぱをかけ、せめて少しでも稼ごうと思って入会したのが、ポイントサイト。そこは、パッと見では凄く儲けれそうに見えるけど、用心深く調べないとすぐ騙されてしまう魔境(?)だった。

運営が積極的に騙してくるスタイル

まずは、この画像を御覧いただきたい。
ブログ

これは、とあるポイントサイトにある広告だ。タイトルにある、「初回980円モニター」の文章。そして、すぐ下には「初回商品購入で1750円相当のポイント還元」と書かれている。これを素直に受け止めると、980円の商品を買って、1750円貰えると読み取れる。

だがしかし、そんな美味い話は無いというのが世の常というもの。
 
今度はこちらの画像を見ていただきたい。
ブログ2 
下三行に注目してみよう。「3回以上」「3回継続」「成果対象外」という不穏なキーワードが並んでいる。
 
さて、カンのいい方ならもう分かるだろう。この広告の品を注文しても、100%還元される事はない。それどころか、付与される三倍以上のお金を取られる事になるのだ。

以下はこの商品を申し込むサイトに書かれていた文言である。
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お分かりいただけただろうか?初回は980円だけど、2回目以降は2890円。それを3回以上受け取るのが約束。4回目以降になってようやく中止できるというのだ。 
 
2890×2+980で、合計6760円。タイトルを真に受けて注文すると、大損するという仕組みだ。まあ、こんな見え見えの罠に引っかかる人は居ないと思うけど。

もちろん、初回だけ買って無理やり解約する事もできるかもしれない。ただ、それではポイントが貰えなくなるのは明白だろう。

ポイントサイトは危険なのか?


このポイントサイトでは、こういった「一見するとお得だけど、実は損をする」という広告がいくつも見られた。注意深く見ればすぐ分かるけども、あたかも儲かるように見せかける広告を作るサイトは、私は信用できない。
 
ただ、こういったサイトばかりではないのも事実である。次の画像は、私がよく利用させてもらってる「げん玉」というポイントサイトで貼られている広告だ。

ブログ4
こちらでは、還元という文章はどこにも書かれていない。その代わりに「三ヶ月継続しなければ解約できない」とも書かれてないけど、少なくとも騙そうとしてくるさっきのサイトよりはマシだろう。
 
ポイントサイトで稼ぐには、上記のように信用ならないサイトは避け、安全なサイトを選ぶ必要がある、と私は感じている。(まだ初めて一週間だけど)
 
それでもすでに7000円ぐらいのポイントは手に入ったし、10万円近くのポイントは判定中になっている。半分近くはげん玉で稼いだものだ。
 
無論、これら全てが承認されるわけではない、というのは分かっているけど、上手に広告を選んでいければ、月数万ぐらいは稼げるという手応えを感じている。

まだまだ始めたばかりだけど、これからもこのブログで進捗を報告していこうと思う。働かずに暮らしていける日々があると信じて・・・。

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 このブログだけ読んでる人にとってはお久しぶりです、はなよです。(なんと四ヶ月ぶり……!)
 お花小説のネタを探しに色々と本を読み漁っていて、その中で面白いと思ったのが作家さんが出版しているエッセイだったので、今回はその感想を書いていきます。(自分がエッセイを真似したくなっただけです。)

小説とは


 今回読んだのは保坂和志さんと高橋源一郎さんの本で、二人ともとてもわかりやすい小説入門の本を出している。他の本が小説を書く技術の事を並べて、さも「これを守れば良い小説が書ける」と言いたげだけど、私はどうしても納得できなくて、こういう本にかかれている事は一切信用できなかった。そこで出会ったのが「書きあぐねている人のための小説入門」という本で、お花小説もこれを読んだからこそ書けたようなものだ。
 この本(というか保坂さんの小説論)によると、今の小説は小説の文法ばかり気にして、「小説の自由」が無くなっていっているらしい。私はこれに心当たりがある。女性キャラの見た目や性格だけ変えて、ストーリーは平凡極まりない、なろうなどで連載されているweb小説達だ。これらの著者はひたすらガワだけを変えて、偶然ヒットしてマルチメディア展開されるのを今か今かと待っている。だが、そんな小説に価値はあるだろうか。  
 小説とは、自分の中だけにある世界を元に、それを言葉で表現するためのものではないのか? 売れるための小説なんて、そこらの工場で生産されている加工食品のようなものだ。すでに文章が溢れる今の世の中で、それらを生み出す必要はあるのか? そもそも、売れる=面白い小説という図式が私は気に食わない。いくら人の共感を多く得られたからって、その分だけ読んだ人の人生に影響を与えているとは限らない。いい文章とは、読んだ人の生き方に少なからずとも影響を与えるものだと私は思う。現に私は影響を与えられまくっていて、しょっちゅう自分の主張が変わっているんだけど、そこは許して欲しい。
 んで、小説の自由に話を戻すんだけど、普段私達が読んでいて、面白いと感じるものは、「砂糖とミルクをいれたコーヒー」に近いと思う。それと比べて純文学は、余計な要素を取り除いた「ブラックコーヒー」のようなものだろう。正直私も文学を読み始めたばかりで純文学にはついていけないけど、それらを書いている作家さんでもエッセイなどは面白い。これは、私達のレベルに合わせた文章を書いてくれてるんだろう。彼らの技術を凝縮した純文学は退屈極まりないか理解できないかのどちらだけど、これは私達には理解できないだけで、決して身内での馴れ合いで賞を取っているのではないだろう。
 全然関係無いけどこれは音ゲーの超級者にも似ていると私は思う。彼らの手さばき、足さばきは初心者にはまるで分からないけど、ある程度そのゲームを続けていれば、おぼろげながらも彼らの技術を認識する事ができる。これと同じで、文学を極めている人は文章を読む時に独自の視点をもっているんだろう。たぶん。
 どんな物事もある程度似通ったもので、使う能力は違えどその道のりは同じだと私は思う。「一芸は百芸に通ず」とはよくいったもので、それはゲームだろうが文学だろうが変わらない。だけど、やはり作家さんの中では「ゲームは悪いもの」という認識が強いらしい。ゲームが好きな小説家さんが現れて欲しい(すでにいるかもしれないけど。)
 「ゲームの哲学」を語っている人は少なく、それは去年あたりに読んだ「スーパーベターになろう(このブログにも記事があります」の感想を見た時から感じていた。結局、「スーパーベターになろう」の思想に違和感を感じた(ただゲームをやり続けることを無駄な事ととらえ、それを実生活に活かせないか、という主張。そもそもゲームとは「遊び」なのに、それに意味を求める事に不快感を覚えた)ためゲーム哲学の事は考えなくなったのだが、やはり自分で考え、結論を出すしか無いんだろうか。

こんにちは、はなよです。
現在、ブラウザゲーム「フラワーナイトガール」の二次創作の小説を執筆していて、ブログのほうは殆ど更新していない状態です。
申し訳ありません。

私が書いている小説に興味を持っていただけるのなら、リンクを設置しておきますので、見てくださると嬉しいです。上のメニューバーからも小説へ飛べます。
「花と人 第一話『不死の植物』」 [pixiv] http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7859618
これは、フラワーナイトガール本編の1000年前に起こったとされる「コダイバナ崩壊」という出来事を、独自の解釈で書いてみた物語です。

独自の要素が多すぎて、原作の設定にはそぐわない要素も多々ありますが(1000年前に世界を救ったといわれる「フォス」が、植物と人間の遺伝子をかけ合わせた人工生命体だったり、文明が中世レベルの花騎士世界でコダイバナだけが現実世界に匹敵するぐらいの科学技術を持った国家だったり)、自分なりに納得の出来る物語に仕上げる事が出来ました。興味のある方は、是非覗いてみてください。
それではまた。 

今度は旭山動物園に行ってきました。片道2時間半の長旅、動物園に居る時間より運転しているほうが長かったですが・・・。続きを読む

rewriteのアニメも佳境に入り、アニメ化に辺り省略されたであろう個人ルートの詳細を知りたくて、原作にも手を出しちゃいました。 今回はそれの感想を書いていこうと思います。続きを読む

ここ最近話題のけものフレンズ、作中に登場する「サーバルキャット」を見に、北海道で唯一サーバルキャットを飼育している円山動物園に行ってきました。(実は私の人生で初めての動物園だったり・・・。)続きを読む

何かとネット社会では叩かれがちな「承認欲求」。ですが、その行為すべてが害悪というわけでは無く、中には「他者貢献」と言われるような行為があると考えられます。今回はその事を書いてみます。続きを読む

今日は私がいつもツイッターで言っている「牛肉と人参とごぼうの煮物」の作り方を書いていこうと思います。続きを読む

今回は「ストレスはなぜ健康に悪いのか?」を解説しようと思います。

ストレスの起源、歴史などはこちらを参照ください。続きを読む

こんにちは、はなよです。

ここ最近、ずっと 「健康に生きること」を目標に活動していました。

ですが、それは結局の所、無意味な行動でした。

なぜそう思ったのか?それは、「健康に生きる事を目指すと何も出来ない」からです。

健康を目指すためには、「適切な食事」「適切な睡眠」「適切な運動」を心がけなければならないのですが、
働きながらそれらを心がけると、他の事が一切出来なくなってしまいます。

もちろん、健康に生きる事そのものに意味がある人、
(家族が大切な人、仕事にやりがいを感じてる人)はいいのですが、
私のような、守るべき家族も無く、仕事にやりがいを感じてない人が健康を目指しても、
時間の無駄です。

なぜなら、人間は常に、「誰かに認められたい」と思っているからです。

誰かに認められるには、時間が必要です。

文章を書く時間、絵を書く時間、音楽を作る時間、ゲームを極める時間・・・。

仕事で1日の殆どを消費してしまう現代人が、健康を保ちつつこれらの時間を捻出できるでしょうか?
私は出来ませんでした。

以前のようにカフェインをガブ飲みし、
適当に焼くだけの料理で腹を膨らまし、
なるべくPCから離れないようじっと座る。

そうすることで、今の私はブログを書くことが出来ています。

もちろん、すごい不健康な生活を送っている事は自覚しています。

それでも、私は残したい。

アドラー心理学、野生の心理、ゲームの科学、運動の科学、ストレスの科学。

私がネットで出会った、これらの素晴らしい心理学を、
私なりの解釈で、言葉にしたい。

ネットから受け取った知識を、今度は私がネットに返す。

これが私の出来る「貢献」だと考えています。


それではまた。

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